2021年第12回『資本論』第2巻学習会 第11章「固定資本と流動資本とにかんする諸学説。リカード」を学習する


静岡市社会科学学習会は、1月13日(木)『資本論』2巻学習会を開き、第11章「固定資本と流動資本とにかんする諸学説。リカード」報告を受け、その後意見交換をしました。 

意見交換では「資本論の334ページに『A・スミスが流動資本の構成諸部分を数え上げるさいに労働力を忘れていることである。これには2つの理由がある』とあるがこの二つとは何かとの疑問があり、宿題となった」「一つは、スミスは商品資本を流動資本と捉えていたために、労働力を流動資本に入れる事ができなかった。二つは、労働力を資本として捉えるのではなく、労働者の生活維持費を産業資本の構成部分として捉えてしまった。これが二つの理由ではないか」、同じ事だが「第一の理由は、労働力は商品ではあるが資本ではない。商品であることをやめた時に生産資本の構成要素になるだから流動資本として掴めない。第二の理由は、労働力に投下される資本部分は、労働者の生活手段の形態でつかまれ、真正面から労働力を流動資本として掴めない」「この章は、アダム・スミスやリカードの意見を紹介しながら自分の意見も言っているので分かりにくい」「アダム・スミスやリカードは、資本を不変資本、可変資本という区分けが出来なかった。しかし資本を固定資本と流動資本とに区分する事はしていた。そのために可変資本が価値と剰余価値を生産するという事が掴めなかった」「物神性にもつながるが、不変資本と可変資本と掴めなかったため、搾取の仕組みも掴めなかったし、資本主義社会の仕組みの根本を見つけ出す事が出来なかった」「『社会的生産過程で刻印されて保持している社会的経済的性格を、これらの物の素材的な本性から生じる一つの自然的な性格に転化する』とある。この事を掴む事が物神性を理解するための要となる」などの意見が出されました。

◆次回は、日時は、1月27日(木)午後6時30分~8時30分。会場は、「アイセル21」第42集会室。内容は、第12章「労働期間」。持ち物は、『資本論』(新版・新日本新書版の第6分冊)です。

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