戦前の労働運動は果敢な活動を展開したが何故侵略戦争を許したか


「学習の友」学習会が、8月11日に静岡市内で開催されました。

今回特集記事の最終に掲載された、「なぜ労働者は戦争を支持したのか―1930年代の体験から学ぶ」(佐々木啓茨木大学教授)の記事を主に、読合せ討論しました。1929年の世界恐慌により、日本でも企業の倒産・操業短縮が起こり、失業する労働者が激増します。農村でも農作物価格の下落と冷害凶作により、飢餓に瀕する人々が続出します。こうした危機の中で労働組合は果敢に運動をすすめ、労働争議も増え待遇改善を勝取る事例もありました。しかし、1925年に制定された治安維持法によって、社会運動や労働運動への弾圧が広がり、労働組合の組織率も低下、争議も減少していきます。最終的には産業報運動に労組も吸収され、自主的。主体的な活動は厳しく制限されていきます。その一方で右翼的な国家改造運動などが、政治社会に対する民衆の不満を取り込み、軍国主義者のテロ活動や、中国侵略戦争を支持する方向にすすんでいきます。1930年代の歴史からは、労働組合を守り」、労働運動を発展させることが、戦争とは異なる道を切り拓く重要な契機となると指摘します。討論では次のような意見等がありました。「なぜ労働者は戦争を許したか。」「確かに、日露戦争で大きな犠牲を払って地域の権益を勝取ったものという意識は強かった。」「自分たちを一個上に見ていたと思う。今もそうだ。」「世界の流れが、(先進国自身が)植民地をつ持ったことを自己批判するようになったのに、日本は認めようとしない。そういう政府で良いのかということだ。占領国のアメリカが、天皇を含むA級戦犯を利用するために見逃してきた。そして植民地問題を曖昧にした。戦前の頭を引きずっている連中がやっているので、頭を挿げ替えなければならない。また、国民の意識もその中で教育されており、その転換が一番大変なことだ。」「自民党政府は、戦後途中から軍人・軍属(A級戦犯を含む)に恩給を60兆円も支給してきた。ところが、空襲で死んだ人とかは一切出してない。」「多国籍企業に権利として人権を保障する。人権を侵すようなことは許されないという考えが確立してきているが、日本は消極的だ。世界も変化している。日本は力一本やり。保守的指導層は無頓着なのは何故か。」「静岡労研の学習会で、日本の法曹界の後進性について指摘がされた。刑法は家父長制の時代にできており、女性問題については遅れた内容で、たとえ女性の裁判官が増えても、法律が変わらなければ変わらないとのことだ。」「ジェンダー平等、セクハラについては左側のグループでも、慣習・慣行にとらわれて脱却できていない。日弁連でも理事の男の枠を減らせない事例のお話もあった。」「ヨーロッパで多いのは、制度として男女の枠を決めたるやり方で、意識も変えていくやり方だ。」「オリンピックでは日本的なおかしなことがたくさん出て、日本の中では『許されている』のに外国から見られるので変えてきた。常識がいかに違うか分かった。」「日本では、人間関係の親分子分の関係で成り立っている。ドンの言うことは誰も反論できないみたいな。そういう雰囲気ってこちらの世界にもある。そういう意識を再調整していく必要がある。」「ヨーロッパの人は、正しいか間違っているかで判断する。日本人は恥ずかしいかどうかで判断する。人の目を見て行動する。」「日本の場合、セクシャルハラスメントの法的定義がない。もう一つは慣習・慣行で縛られる。」「慣行・慣行がなぜ生まれるかは、経済的権力を持った者によって意思決定がされる、それが男性だということでした。」出席者から、それぞれが最近学んだことを出し合い、討論をすすめることができ、大変深まった、盛り上がった学習会となりました。

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